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ジャニーズの教科書。第3章「SMAP、そして父になる」⑤

前回、SMAPがブレイクするまでのシングル曲をざっと紹介しました。今回はその中身について詳しく解説します。SMAPがセックスを体験するまでの道のりです。



◉ジャニーズの教科書。第3章「SMAPそして父になる」①〜④
http://d.hatena.ne.jp/wakita-A/20150511/1431325930
http://d.hatena.ne.jp/wakita-A/20150518/1431934444
http://d.hatena.ne.jp/wakita-A/20150525/1432556787
http://d.hatena.ne.jp/wakita-A/20150601/1433139261



SMAPはYOUとの距離を歌う。

それでは順にシングル曲を見ていきましょう。SMAPのデビュー曲『Can’t Stop!!-LOVING-』には、途中『きらきら星』のメロディーが挿入されています。これはもちろん、光GENJIのデビュー曲『STAR LIGHT』を連想させるためです。SMAPはハッキリと光GENJIの次のトップとしてデビューしました。



2枚目のシングル『正義の味方はあてにならない』(1991年12月)は、学園モノのコミカルな作品となっています。しかし、フィンガー5小泉今日子が歌った『学園天国』とは違い、少しシニカルな歌詞も登場するのです。人はいいけど要領が悪く出世が遅いパパ。税金も土地も安くならないとわめくママ。そして、学級委員とは名ばかりで雑用ばかりやらされている僕。「♪ ハデじゃないが かたく生きるのさ」と歌います。しかし、それではモテません!


 ♪ なのに君の好みは あぶなげなワルい男
  「ごめんなさい」と言われた
   泣くぞ わめくぞ 夕日に向かって走るぞー


そんな歌詞が歌われます。「♪ 君をしあわせにする 僕はここにいるよ」と歌ったデビュー曲の王子様路線と大違い。SMAPがコメディにも挑戦する。その路線で制作されたシングルではあったでしょう。ですが、王子様のはずが雑用ばかりさせられている僕という当時のSMAPのポジションが明確に示された歌詞とも言えるのです。SMAP人間宣言でした。事務所としても「ジャニーズの王道が通用しなくなった」という表明だったかもしれません。




しかし、SMAPというグループの本質は、デビュー曲よりもこの曲に表れています。ここで社会風刺の歌詞が登場したことは、後のSMAPの方向性を見ても重要と言えそうです。そして、なによりも「HEROの不在」というテーマが設定されました。これは当然、木村拓哉のドラマにも続くストーリーの起点です。覚えておいてください。


SMAP『正義の味方はあてにならない』
(2ndシングル、1991.12、VIC)
   作詞:小倉めぐみ、作曲:馬飼野康二、編曲:新川博
⇒ジャニーズの王道が時代と合わなくなった。ヒーローはどこに?


3枚目のシングル『心の鏡』については第1章で書きました。この曲でジャニーズ事務所の方針転換を告げています。美少年アイドルよりも大人のスターを売り出す、方針転換を告げるガラスソングでした。


4枚目のシングル『負けるなBaby Never give up』では、「♪ 頑張れきみ 負けるな」という歌詞が登場しています。そのためSMAPの「応援ソング」と語られることが多いようです。例えば、『別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評59 SMAP』(2009年、宝島社)に書かれた短評は以下のようなものでした。一部抜粋。


 その後も続くモロの激励ソングだがメロディのよさについ引き込まれてしまう筒美京平作。  音楽評論家・湯浅学


また同書の『がんばりましょう』評でも『負けるなBaby!〜Never give up』が触れられていました。


 SMAPも初期シングル「心の鏡」「負けるなBaby〜Never give up」などの頃は<悩むな 頑張れ君>(後者)、<夢をあきらめることは一番悲しい嘘よ>(前者)などと自己啓発的、宿命論的なガンバリズムが繰り出されるベタな応援ソング路線を取っていたが、本作はその「お前は何様だ」的なものから脱却した一曲である。  ライター・速水健朗


もしかしたら、「応援ソングのなにがいけないのか?」と思う方もおられるでしょうか。そうですね・・・・ 他人から無責任に言われる「頑張れ!」は、ときに人を傷つけるという説明はどうでしょう?


誤解しないでもらいたいのは、このお二方はジャニーズに好意的な方々です。湯浅は『幻の名盤解放歌集』(P-VINE)という人気コンピレーションの中で、ジャニーズの埋もれた名曲をCD化するという仕事もしています。速水は共著で『ジャニ研!』(原書房)という書籍をだしています。


たしかに、この曲だけを聴けば「応援ソング」と受け止められても仕方がないかもしれません。しかし、ジャニーズの歌でこのような歌詞が出て来たとしても、それはJ-POPによくあるような不特定多数に向けた「応援ソング」とは限らないのです。


90年代には「応援ソング」が沢山ありました(ZARD『負けないで』は93年のヒット曲)。そういう流れに便乗しようという狙いまでは否定しませんが、『負けるなBaby!〜Never give up』はあくまでもファンに向けて歌われています。これまでに紹介した曲のなかで言えば、光GENJI『笑ってよ』と同じようにファンとの「対話ソング」です。それでは『負けるなBABY!〜Never give up』はファンになにを伝えようとしているのでしょう?


このとき、SMAPはデビューから3枚のシングルを出し、まだ1位が取れていません。まだまだタレント候補がたくさんいるジャニーズ事務所です。「SMAPがフェイドアウトし、新しいグループがデビューするのでは?」と考えるファンがいてもおかしくない状況でした。実際、1983年にデビューしたイーグルスはシングル2枚で自然消滅しています。ですから、『負けるなBaby!』において「それはない!」と明言しているのです。ジャニーズはSMAPにすべてを賭けました。リストラ候補ではないのです。なので、注目すべき歌詞は「頑張れきみ」ではなく、「♪ 僕ら降参だけは絶対にしないよ」の方です。SMAPはまだまだ頑張るから、君たちも一緒に来てとファンに向かって歌っているのです。


SMAP『負けるなBaby!〜Never give up』
(4thシングル、1992.7、VIC)
   作詞:相田毅、作曲:筒美京平、編曲:CHOKKAKU
⇒対話ソング。ファンに向けて絶対に降参しないと宣言。SMAPはリストラ候補ではない。



SMAPの少年から大人へ

ジャニーズのトップグループは「少年から大人へ」の物語をシングル曲で描くと書いて来ました。では、SMAPはどの曲で大人になったのでしょう? つまり、どの曲でセックスを体験したのかということです。


重要なのは5枚目のシングル『笑顔のゲンキ』です。この曲には「♪ 元気な君が好き 今は遠くで見てるよ」という歌詞があり、2人の関係を距離で表しているのに気づきます。そして、この後の曲でもそのような表現が度々登場するのです。光GENJIのときには少年マンガを思わせる歌詞がありました。一方、SMAPの場合は少女マンガを思わせるシチュエーションが目立ちました。距離に関係する言葉に注目して見て行きましょう。



6枚目『雪が降って来た』。ここでは「♪ 肩を寄せ合う君が 僕の隣いないよ」という歌詞があります。これも離れてしまった2人の距離を歌っています。少年は辛い経験をしながら大人になって行くのです。


別れの曲が続きます。7枚目『ずっと忘れない』は卒業ソングです。「♪ 友だちのまま君といた ホントの気持ち伝えずに 過ごした日々を悔やんではいないさ」という歌詞が登場し、告白出来なかったことがわかります。かなりいい感じまでは行ってたんですけどね。まだ経験していないと言っていいでしょう。


SMAP『ずっと忘れない』(7thシングル、1993.3、VIC)
   作詞:森浩美、作曲:馬飼野康二、編曲:長岡成貢
⇒告白できなかったと歌う卒業ソング。YOU、童貞?


8枚目のシングル『はじめての夏』でがらっと雰囲気が変わります。これからセックスを経験するという予告ソングの登場です。「♪ だけど 今から 君が一番 ああ大切な人になる」という歌詞も登場しました。


 ♪ 僕は特別な恋なんて 望んでなんかいないよ
   君の涙を指でぬぐえる そんな距離にいつもいたい
   空は晴れて 夏がやってくる


これは予告ソングであるだけでなく、SMAPのこれまでを考えても感動的な歌詞でした。1990年にジャニーズ事務所の低迷が始まり、1991年のSMAPデビューも不発に終わりました。しかし、SMAPはドラマやバラエティに活路を見出し、慣れないコントにも真剣に取り組みました。そして、やっと評価され始めたのです。そのことを知っているファンには「♪ 空は晴れて夏がやってくる」という歌詞が胸に響いたことでしょう。作詞した森浩美、作曲した馬飼野康二は、かつて2人がつくった光GENJI『笑ってよ』を思い出していたでしょうか? SMAPの夏がこれから始まる! そんな感動的な曲でした。


SMAP『はじめての夏』(8thシングル、1993.6、VIC)
   作詞:森浩美、作曲:馬飼野康二、編曲:長岡成貢、コーラスアレンジ:松下誠
通過儀礼予告ソング。SMAPの夏がついにやって来る! 



9枚目『君は君だよ』はまさに2人の距離を歌った曲です。それほど目立つ曲ではないのですが、予告ソングの後ですから慎重に読まないといけません。この2人はセックスを経験したカップルなのでしょうか?


 ♪ 夕暮れを足早に歩いて行く
   君の後ろ距離を とって 歩く
   なぐさめるなって背中が 黙って言うから
   僕も声に出さないで 話しかけてる


出だしの歌詞です。2人の関係を考えて聴くと、興味深い歌詞であることがわかります。2人はすでに言葉にしなくても会話ができる関係です。それは付き合いの長さから来るものなのか、それともある程度深い関係になったからこそなのか? 私にはわかりません。ですが、重要なポイントはこれです。前作『はじめての夏』にあった「♪ 君の涙を指でぬぐえる そんな距離にいつもいたい」という歌詞です。これが理想なわけです。でも、ここでは2人は距離をとって歩いていますよね。つまり、この曲ではそこまでの関係にはなれていないのです。


うーん、、、とは言え、このシングルの発売日を考えると、やはり関係を持ったカップルと考えていいのではないでしょうか? はじめての夏が終わった後、秋になってからの曲なので。その上で、君のことをかけがえのない存在だと僕は歌っているわけです。


もう一つ『君は君だよ』について指摘しておきたいことがあります。これは最初の「素顔ソング」と言ってもいいのではないでしょうか? 素顔ソングは「そのままの君が好き」というようにありのままの君を丸ごと受け入れるという歌詞が書かれた曲です。代表曲はSMAP『君は君だよ』、KinKi KidsスッピンGirl』、V6『HONEY BEAT』などです。そして、その発展系としてSMAP『オリジナル・スマイル』や『世界で一つだけの花』はあるのです。


90年代、木村拓哉のキーワードとして「ナチュラル」という言葉がありました。これがいつから登場したのかはわからないですが、「脱アイドル」路線から生まれた言葉であることは容易に想像出来ます。不自然な存在である「アイドル」に対しての「ナチュラル」です。そして、ナチュラルな状態としての「素顔」です。


実は、SMAPデビュー前にもこんな曲がありました。光GENJI『COCORO』です。そこには「♪ COCOROだけは裸になれ すべてを見せればいいのさ」という歌詞がありました。これは第二章で解説した通り、通過儀礼をやり直すための「予告ソング」でした。しかし、解釈次第では「素顔ソング」と考えることも可能です。そして、『COCORO』を制作した2人、森浩美馬飼野康二が「素顔」をテーマにSMAPで書いた曲が「生まれたての笑顔に戻れ」と歌う『オリジナル・スマイル』でした。


「素顔」という言葉は、それ以降SMAP以外でも活用されます。例えば、滝沢秀明を筆頭とするジャニーズJr.黄金世代の時期には、『素顔』というライブビデオが発売されました。ジャニーズのナチュラル路線は、事務所全体のカラーとして採用されたのです。80年代にあった繊細な心を象徴する「ガラス」に変わる言葉となりました。


SMAP『君は君だよ』(9thシングル、1993.9、VIC)
   作詞:小倉めぐみ、作曲:谷本新、編曲:重実徹
通過儀礼ソングとしてはパンチがない。でも、関係を持ったあとの曲? 最初の「素顔ソング」。


これまで性的な歌詞がなかったSMAPですが、ついに時は来ました。10枚目のシングル『$10』は林田健司の既発曲のカバーですが、SMAP脱アイドル路線の集大成的な曲となりました。


 ♪ Oh, lady! A-1 dollar B-2 dollars 淫ら NO, no, no…
 愛さえあれば何も要らないなんて
   全部ウソさ C-10 dollars


いきなり、お金のカウントから始まります(笑)。3枚目のシングル『正義の味方はあてにならない』では、お金についてボヤくママが登場していました。しかし、ここでは成長したボクがボヤいているのです。しかも、「愛さえあれば」なんて全部ウソだと言っています。「脱アイドル」とは言え、ここまで現実的過ぎる歌詞が登場してもいいのでしょうか? ショックです。


そう、これはショックを伴う通過儀礼ソングだったのです。『はじめての夏』では、特別な恋なんて望んでないと歌ったわけですが、本当に普通の男女関係をSMAPは歌っています。そして、「♪ どうして愛はお金がかかるんだろう? 抱き合うだけじゃダメ?」という歌詞です。一通りセックスを体験してみた後で、ふと我に返ったときの歌と考えてもいいでしょう。「セックスして幸せ!」という歌にはなっていません。ジャニーズの通過儀礼ソングの「お約束」を踏襲しています。大人の関係を持つ女性といると、やたらお金がかかるんだな。そして、きょうも働かなければならないと告白します。


SMAP通過儀礼ソングはこの曲、『$10』と考えていいでしょう。デビューから2年2ヶ月で大人になりました。メンバーの平均年齢は19.0歳です。この曲で初めて売上枚数30万枚を突破。SMAPの人気が急上昇します。
 

SMAP『$10』(10thシングル、1993.11、VIC)
  作詞:林田健司森浩美、作曲:林田健司、編曲:林田健司、CHOKKAKU
通過儀礼ソング。大人のアイドルを成立させたSMAP初期の代表作。初のアイドル労働歌。


SMAP『$10』がヒットした次の年、1994年9月には5人組のバンドグループTOKIOがデビューします。デビュー曲『LOVE YOU ONLY』の売上枚数は52.0万枚。ジャニーズのブランド力が復活したことも証明されました。


そして、SMAP通過儀礼ソングを出した後にも関わらず、ここでトップ交代はありませんでした。TOKIOは平均年齢19.4歳で、大人になった後にデビューしています。これ以降もSMAPがトップグループとして君臨し続けました。やはり、『心の鏡』はルール変更を示す曲だったのです。SMAPは「大人」になってからもトップで居続ける初めてのグループとなりました。SMAPの少年から大人へは完結。その物語はCDデビュー前のKinKi Kidsに受け継がれます。代表曲は『KISSからはじまるミステリー』です。


昔からのファンには意外かもしれませんが、現在のジャニーズ事務所は「美少年アイドル」をメインに扱う事務所ではないのです。ジャニーズ事務所の戦略は、80年代にはティーンアイドルを大ヒットさせることだったわけですが、92年3月以降は大人のアイドル、国民的スターを排出する方向に転換されています。


それは先にも書いたように時代の要請でした。もしかしたら、日本が成熟社会に移行したことと関係しているのかもしれません。昭和天皇崩御し、バブルが崩壊し、経済が右肩上がりで成長する時代は過ぎ去ったのです。その変化に伴って求められるアイドル像自体が変化したのです。ジャニーズは見事にそれに対応して見せました。そんなわけで、これ以降はシングル曲で歌われる「少年から大人へ」のストーリーよりも、成長後に歌われる「大人」の姿の方が重要になりました。(つづく)