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特集2. 映画『花束みたいな恋をした』。1

 

 

特集2. 映画『花束みたいな恋をした』 

脚本家·坂元裕二とイヤホンの寓話

 

坂元裕二はキャリア初期に、大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』(1991年)の脚本で脚光を浴びている。トレンディドラマという言葉があった時代の作品だ。テレビは日常的娯楽の中心だった。坂元はその後も『Mother』(2010年)『それでも、生きて行く』(2011年)『最高の離婚』(2013年)など、社会問題も交えて話題作を手掛けて行く。2021年1月に公開された映画『花束みたいな恋をした』は、坂元の脚本を中心にして企画が進められた。興収30億円を突破。テレビドラマ視聴者層の年齢が高くなる中で、今度は映画で成功を収めた。観客の中心は若い世代だった。タイトルの通り、恋愛映画だが、それだけではない。時代を映すもう一つのストーリーを紹介する。

 

 

 

第1章:ドラマ『カルテット』

映画『花束みたいな恋をした』を語る前に。

 映画『花束みたいな恋をした』の冒頭には、「イヤホンの寓話」が置かれている。カフェでカップルが仲良さそうにイヤホンの左右を分け合い、音楽を聴いている場面。麦(菅田将暉)と絹(有村架純)はカップルに注意しようと、それぞれ別のテーブルから立ち上がる。ステレオ録音の音楽は右と左で鳴っている音が違う。イヤホンを分け合う行為には全く意味がない。カップルに教えてやろう。だが、二人はお互いの存在に気づく。気まずい思いをして、二人は席に戻る。

 

 そのシーンは二人が別れた後のことだと映画の最後に示された。冒頭とラストは同じ2020年の出来事だった。2015年1月15日に二人は出会い、付き合い、一緒に暮らし、2019年に別れたのだ。その間に登場した音楽、マンガ、小説、ゲームやドラマの具体的なタイトルは、時間の経過を示していた。ちなみに、二人が出会った2015年1月15日はドラマ『問題のあるレストラン』(フジ系)の放送開始日だ。もちろん、脚本は坂元裕二である。

 

「イヤホンの寓話」が示すメッセージとは何か? それは2つの解釈の存在を示している。映画のタイトルも同じだ。「花束みたいな恋」の解釈にも、美しさと捉えるか、永遠ではないと捉えるか、大きく2つの解釈が存在する。なので「イヤホンの寓話」は、2人で恋愛をしても、麦の恋愛と、絹の恋愛が存在する。これが1つ目のメッセージと考えていい。

 

「イヤホンの寓話」が示すもう1つのメッセージは何か? この映画で描いているのは、ラブストーリーだけではない。脚本を書いた坂元裕二はここ数年のテレビドラマでも、2つのストーリーを同時に描いている。

 

 

 

『カルテット』が描く2つの片思い。

 映画『花束みたいな恋をした』について先に読みたい人は第3章まで待って欲しい。しばらくドラマ作品について書く。

 

 坂元裕二脚本のドラマで面白い作品はたくさん存在するが、その中から2つを紹介する。最初に取り上げるのは松たか子松田龍平が出演した『カルテット』だ。クラシックの弦楽四重奏を演奏するグループ、カルテットドーナツホールの4人を中心に、メンバーそれぞれが持つ秘密を巡ってドラマは展開する。そして、このドラマにも、もう一つのストーリーが存在する。それは意外なものだ。

 

 

 

 ドラマ『カルテット』(2017年、TBS系)

 プロデューサー:土井裕奏(チーフ)、佐野亜裕美

 出演:松たか子松田龍平満島ひかり高橋一生、他

 

 

『カルテット』を観ていて気付いたことがあった。「日常系」や「空気系」と言われるマンガやアニメがある。アニメ『けいおん!』(2009年、京アニTBS系)に代表されるように、特に事件が起きるわけでもなく、部室などで延々無駄話をしている作品だ。私はその面白さが理解できなかった。だが、それを実写ドラマでやるとどうか? 

 

『カルテット』で4人が演奏するのはクラシックだ。練習は非常に大事だと思われるが、4人で合わせようとすると、誰かがコーン茶でも淹れましょうか?」と言い出すのだ。そこから会話が始まり練習は行われない。何を話していても面白いわけではないだろうが、このドラマでは非常に面白いシーンだと感じだ。

 

  実は、この「練習をしない」にも理由が存在した。『カルテット』が描くもう一つのストーリーは、2010年代にブームとなった「アイドル現象」だった。松たか子演じる巻真紀が第1話で語るこんなセリフがある。「人生には3つの坂があります。登り坂、下り坂、そして、まさか!」。秋元康が手掛けるアイドルグループを題材にしていたのだ。

 

 私は秋元康が嫌いなので、当時、このドラマはその現象を取り上げ、小馬鹿にしていると勝手に思い込んだ。練習もしないで、炎上マーケティングでコンサートホールを満員にすると描かれてもいた。しかし、いま見直すと、坂元にその意図はなかったようだ。次の年のドラマ『anone』がそうだったように、偽りの絆であっても、それが大事な物になることもある。「アイドル現象」を通してそのようなテーマが描かれた。

 

 また、ドラマには「全員片想い」というキャッチフレーズがあった。男女4人が共同生活していたが、最後まで全員片想い。恋愛は成立しないことになっている。4人は恋愛的には満たされないままだった。それだけではない。カルテットの成功も描かれない。厳しい言い方をすれば、4人は音楽から愛されていないのだ。ここでも片思いをしている。公私に渡り達成はやってこないが、楽しいのだから、それでいいという内容になっている。「正解を目指さなくていい」というメッセージは、ここに登場する3つのドラマに共通するものだ。(つづく)