ハノイの日本人

アイドル、ジャニーズ、サッカーなど。

ジャニーズにおける「日本」。

きのうに引き続き松本隆の話。矢野利裕さんが NEWS『チュムチュム』についての文章を書かれていました。その中で「ジャニーズが特徴的なのは、日本にローカライズするさい、露骨にジャポニズム要素を導入することだった。私見では、これは、アメリカで生まれ育ったというジャニー喜多川の出自によるものである」と書かれていました。でも、違うんですよ。すでにこのブログで書いていることですが、それを最初に導入したのは松本隆だからです。



◉NEWS「チュムチュム」が示した、ジャニーズ独特の表現法とは? ポピュラー音楽史の視点で探る(矢野利裕)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150831-00010000-realsound-ent
『ジャニーズの試みは、アメリカの音楽をいかに日本にローカライズするか、という問いとともにあった。このこと自体はもちろん、日本のポピュラー音楽全般に言えることだが、ジャニーズが特徴的なのは、日本にローカライズするさい、露骨にジャポニズム要素を導入することだった。私見では、これは、アメリカで生まれ育ったというジャニー喜多川の出自によるものである。つまり、ジャニーズにおける「日本」とは、スシ、フジヤマ、ゲイシャなどに代表される、外国人がステレオタイプで抱く「日本」なのだ。シブがき隊「スシ食いねぇ」やKAT-TUN亀梨和也がコンサートで見せた花魁姿など、ジャニーズにおいては、妙なセンスでの「日本」像がちりばめられているが、これらは、外国人のまなざしによって形成された「日本」像に他ならない。そうでなければ、どうして光GENJIというグループ名、あるいは忍者といったコンセプトが発想されるのか。ジャニーズにおいては、良くも悪くも「日本よいとこ摩訶不思議」(少年隊)なのだ(なんて書いていたら、嵐のニューアルバムのタイトルが『ジャポニズム』で、しかも「日本よいとこ摩訶不思議」をカヴァーする、との報が入ってきた! なんと意義深いことであるか!)。そして、このステレオタイプのまなざしが、今度は「インド」に移された。ジャニーズ史においては、「チュムチュム」はこのように位置づけられる』


近藤真彦のシングル『ふられてBANZAI』(1982年)における、「♪ BANZAI BANZAI アーふられてふられて チェッチェッッチェッチェッ」というサビの歌詞。感情と真逆のことを強がって言う、松本隆が設定したマッチさんのキャラに沿って書かれた歌詞ではあると思います。でも、その「BANZAI」は容易に神風特攻を連想させます。本当に悲しいことなのに「万歳!」と叫ぶわけですから。


あっ、それと忘れちゃいけないのが、止めの1行「イカしたおまえにお手上げ」って歌詞。これいいよねw お手上げだから「万歳」なんだよね。ちゃんと落ちまでついてる。さすが。


◉ジャニーズの教科書。第4章「少年から大人へ」⑥
http://d.hatena.ne.jp/wakita-A/20150811/1439300385
『ところで、『ふられてBANZAI』の「BANZAI」は、「天皇陛下、万歳!」と言ってアメリカの戦艦に体当たりした日本海軍を連想させますよね。「万歳!」と叫びながら命を捨てる。西洋人から恐れられた神風特攻隊です。西洋から見た日本という意味で、シブがき隊の曲に通じるものがあります。『サムライ・ニッポン』や『アッパレ!フジヤマ』などの先駆となる曲と言っていいでしょう。』




THE GOOD-BYE『摩訶 WHO SEE 議(摩訶不思議)』は1985年の作品です。歌詞の内容はこれまた松本隆作詞『やさしさ紙芝居』(1980年、水谷豊)冒頭のセリフに影響を受けているでしょう。『摩訶不思議』の作詞は野村義男ですが、原案はジャニー社長だと思います。そして、なにより「西洋から観た日本」というテーマは松本がアメリカに対する幻想を失ったから生まれたものだと思います。はっぴぃえんどのラスト・アルバムにある『さよならアメリカ さよならニッポン』はそれを象徴する曲でしょう(もしかして、THE GOOD-BYEってここから来てる?)。





そう言えば、インド音楽と言ったらこれでしょう。ももいろクローバーZ『行くぜっ! 怪盗少女』の間奏。ライブのオープニングに使われている部分。これをインドカレー屋で聴いたんですよ! もっとゆるい感じでしたけど。明らかにメロディーはこれ。凄いところから持って来てると感動しました!