ハノイの日本人

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どうして空爆しなければならないのか?

ビデオニュースで宮台真司さん、神保哲生さんが今回のパリの同時多発テロについて語られています。無料で観れますのでぜひ。


◉テロに衝撃を受けた時に考えておきたいこと(ビデオニュース)
http://www.videonews.com/commentary/151121-01/



宮台:(前略、4:40あたりから)基本的にテロリストの目的は、浅い次元で言えば、人々が恐怖によって騒ぐことですよね。それによってターゲットになった社会が不安に陥れられることです。で、もう少し深い次元では、近代社会のいいところを不安ゆえに暴走する人たちが、まあ、暴走と言うのは言い過ぎだけど、、、例えば、自由な交通、往来、通信を自らないがしろにして、テロの対策のためにいちいちチェックするようになるということ。そのことによって近代が自らの社会の美徳を手放してしまうことですよね。それが非常に大きな狙いなんです。その意味で言えば、適切かどうかということを議論したところでどうにもならない面もあるんだけども、、、
神保:うん。
宮台:今回の『ガーディアン』に載った記事も含めて、テロリストの思った通りのリアクションを、先進国の政治家や民衆たちピープルがしているというのは、まずその通りだろうというふうに思いますよね。で、いま申し上げたように、ある観点から言うと「適切な反応ではない」と言うことも出来るけど、言ってもしょうがないことでね。まず、民衆が不安になるのは当たり前。さらに、法社会学的に言えば、刑罰が存在する理由と同じだけれども。復讐の連鎖を断ち切るために我々は復讐心を抱かないなんてやることは基本的には出来なくて。刑事罰の目的は、重罰化による犯罪の抑止ではなくて、むしろ感情的な表出による、簡単に言えば感情の回復なんですよ。
神保:応報感情。
宮台:応報感情ですね。感情の回復という側面が非常に大きいので。政治家のレベルで言えば、政治家自身は「復讐はよくないなあ」と「そんなことには踏み出したくないなあ」と思っていても、基本、リベンジとしての空爆や報復作戦に参加するしかないっていうのが、残念ですが先進国に限らない社会の常道なんですね。それは「やられたらやり返す」と言うと、単なる幼稚な感情と思われるかもしれないですけど、法社会学の定説ではですね、「やられたらこれを許さない」という意志を表示しないと、「やられてもいい」言い換えれば「やってもいいんだ」というメッセージになってしまう。
神保:なるほど。
宮台:ですから感情の回復ともう一つ。意志。貫徹した意志を表出する。
神保:なにもしないことが意思表示になってしまうのね。
宮台:なってしまう。なので、なにかをしないわけにはいかない。その意味で言えば、このある種のゲームは、元々テロリストに有利なんですよ。
神保:失う物がないからね。
宮台:失う物がない。(後略)