ハノイの日本人

アイドル、ジャニーズ、サッカーなど。

コロナ禍はアイドル世界にどのような影響を与えるか?

 

2010年から2019年、それはアジアのポップスの中心が日本から韓国に移った10年だったと以前に書きました。では、2020年から始まる10年はどのような様相を見せるでしょう? それを考えるには、もちろんコロナ禍を無視できません。特に近年のアイドルというジャンルが、握手を中心とした対面販売(購入と握手にタイムラグがあるにしても)で活況を呈してきただけに、その影響の大きさは計り知れません。一部には、接触ができないので、実力派アイドルの時代になるという見方も出ています。本当にそうであれば嬉しいですが、しかし、ライブがまともに開催できない中、実力を発揮できる場所も限られます。見通しの立たない状況です。

 

 

そんな中、今年前半を締めくくるように話題を集めたのがサザンオールスターズの無観客ライブでした。暗い状況を吹き飛ばすような祝祭感あふれる素晴らしいライブだったようです。2011年の東日本大震災のときには、SMAPに注目が集まりました。当時のSMAPは後輩グループの嵐の人気に押されていましたが、日本全体が落ち込む中、再び脚光を浴びたのです。SMAPの人気曲に人々は元気をもらいました。そして、女子アイドルではももいろクローバーZの躍進が話題になりました。彼女たちの震災後発のシングル『Z伝説〜終わりなき革命』は、「日本を元気に」をテーマにした作品でした。

 

 

実のところ「アイドルに元気をもらう」はこの年から始まった言葉でした。例えば、90年代には、ポジティブな歌詞で人々を励ましてくれるヒット曲がたくさんありました。1990年発売の KAN『愛は勝つ』、1993年発売の ZARD『負けないで』のように。ジャンルは関係なくこのようなヒット曲がたくさんあったのです。もちろん、ジャニーズファンはSMAPの曲に励まされたでしょうし、渋谷系のファンだってフリッパーズの曲に励まされたでしょう。しかし、アイドルがある種のサプリのように言われるようになったのは、ももいろクローバーZに注目が集まった 2011年からでした。上の動画、特に『労働讃歌』のパワフルさは今観てもすごいですね。

 

 

さて、コロナ禍で疲弊する2020年も、アイドルは元気を与える存在になるのでしょうか? 状況があまりにも違いますよね。YoutubeSpotify などネット上での音楽視聴が普通になっている。それは2011年と違う大きな変化だと思います。もちろん、音楽の視聴が多様化してヒット曲が見えなくなった現在だからこそ、マスメディアの誘導が力を持つ可能性はあります。でもそういう状況にもそろそろ変化が欲しいですけどね。

 

例えば東京都知事選に出馬しているの山本太郎のCM動画を観ると、社会の変化を感じるのです。人々に元気を与えるのはアイドルではなく政治家の役目ではないか? この動画を観てハッとさせられたんですよね。芸能人の政治に関する発言で世論が動かされるのをポピュリズムだと言って非難されることも多いです。それもわかるのですが、そもそもは政治家がまったく信用できないから選挙に関心を失い、自分たちが支持する芸能人の発言が影響力を持つようになったわけです。その結果、芸能人のスキャンダルは、政治家以上に厳しい目で監視されています。都知事選に関しては、小池百合子が圧倒的に支持を集めているようなので、大きな変化はないと見ることもできるのですが。


 

『音楽が聴けなくなる日』の話を書こうとしてたんです。その本で社会学者の永田夏来が「虚構化する自己」という言葉を書いていて、それによっていろいろ自分の中の謎が解けたんです。例えば、自分の大失敗については、そんなにショックを受けないのに、サッカー日本代表の敗戦にはなぜショックを受けるのか? それはずっと私の中で謎でした。普段は自分を虚構化することで、ショックをやわらげているんですよね。でも自分自身が「虚構化した自己」だから、その失敗をすべて自己責任として受け止めてしまう。そういう弊害もあるわけです。本来であれば失敗の原因には社会的要因だってあるわけです。

 

しかし、応援に駆けつけたスタジアムでは、私は虚構の部分を脱ぎ去り、生身の身体でそこにいるのです。選手や監督に不満をぶつけることもありますが、自分でも我がことのようにショックを受け止めています。すごい! たぶん、サザンの無観客ライブを観た人たちも、そこで虚構をはぎとり生身に戻っていたんですよ。だからこそ、それだけ感動したわけです。だから祝祭の空間はみんなが思っている以上に大事なはずです。私がアイドルのライブに行けず、心のバランスを少なからず崩していたことも関係している。この本についてはあらためて書きます。かなり大事なことが書いてある。