細野晴臣さんが、自身の音楽体験やその音楽が流行った時代背景などを安倍勇磨さん、ハマ・オカモトさんに語っていく連載のテクノ編最終回。いろいろ興味深いです。
まずは80年代に流行ったテクノポップと90年代に流行ったダンスミュージックとしてのテクノの違いです。ミュージシャン細野として、後者には全く興味がなかったと語られています。私の印象でも、当時のテクノブームはテクノポップと完全に切り離されていました。そして、4つ打ちでもトランス状態に入る、アンビエントなどの音楽には興味があったと語られています。
上の映像は95年の様子。カリスマ的な人気もあった田中フミヤさんのDJ。私は当時日本語ラップにハマっていたので、それほどテクノには興味がなかったのですが、トランス状態には興味があったので、ドラッグなしでその状態に持って行くにはどうすればいいか? そこにはかなり興味を持っていました。踊ってる人たちは自分の中にひたすら入って行くとか言ってたかな。だからラップみたいに言葉があると邪魔だとも言ってたな。
2010年代に日本のフェスが4つ打ちだらけになったこと、以前にも書いたことがありました。いまは雰囲気も変わっていますが、あれは何だったのか? 「フェスの箱バン」という言葉が数年前に浮かびました。渋谷陽一的なものに雇われた「箱バン」という表現がぴったりだと思うんです。みんな飛び跳ねにきてた。
DJ がいなかった時代、バンドが演奏して踊る場所があったんです。そこで演奏してるバンドが箱バンと呼ばれていました。客を踊らせるために演奏する。そういう少し嫌な感じが、あのとき感じた違和感だったと思います。ロックと4つ打ちは、ウルフルズ『ガッツだぜ!!』(1995年)の大ヒットあたりが最初かな。このMVを観たらテクノを意識してたことがわかりますね。チャットモンチー『シャングリラ』のヒットは2006年、Perfume『ポリリズム』は2007年。
2000年代後半の4つ打ちブームは、ロックミュージシャンの身体的コンプレックスもあったと思う。文系ミュージシャンには特に。リズムを意識するということで、一度は通っていい気もします。あと歌って踊るアイドルが4つ打ちやるのも私は当然だと思っています。当然だからこそ RYUTist みたく、あえてそこ外してくるグループもいるわけですけど。
Tempalay の小原さんは高知出身なのか。知らなかった。久しぶりにライブ観たい。