ハノイの日本人

アイドル、ジャニーズ、サッカーなど。

11月15日付 CD シングルBEST 5。

 

高知に戻ってきました。数日、ほとんどネットに繋がず、マンガに没頭して過ごしていました。で今日の午後にバスを待つ間、ネット繋いだら、またなのか。今度は KAN さんが亡くなられた。61歳。ガンで闘病されていたとは言え、早いですよね。

 

 

 

KAN さんはハロプロと同じ系列の芸能事務所で、たまに KAN さんのアルバムから1曲、ハロプロのグループに提供されたりしていました。いい曲が来るので、みんな楽しみにしていたんです。こんな感じです。

 

 

 

正直大ヒット曲『愛は勝つ』、好きじゃなかった。あの頃のミリオンヒット、全部ケッて思ってたから仕方ない。でも東京に来てから、KANさんの『東京に来い』『練馬美人』の話を東京に住んでいる友人と話したのを覚えています。その子は練馬に住んでたんだよね。KANさんの脱力した感じは、東京に来てそれなりに疲弊してる私たちに、活力を与えるものでした。KANさん、残念です。

 

 

 

三浦徳子先生も亡くなられた。これもハロプロ関係、情報を発表したのがアップフロント音楽出版になってる。三浦先生と言えば、まずは BEYOOOOONDS『恋愛奉行』でしょう。大人気曲です。見とけ。

 

 

三浦先生で一つ書いておかないといけないことがあります。河合奈保子『大きな森の小さなお家』です。Sexy ZoneSexy Summerに雪が降る』ってあるじゃないですか。3枚目のシングルで、作詞が三浦先生だった。当時、私はこのブログでケチつけてますね。「なんで今更80年代の人連れて来た?」などと。

 

しかし謎が解けたんです。恐ろしい。三浦先生が作詞した河合奈保子のデビュー曲が Sexy Zone について歌われているからです。聴いてみ。

 

 

 

いま問題になってるグループ名ですが。ここは最後まで書いておきます。河合奈保子のデビュー曲で女性器について歌わせています。凄いです。三浦先生はセクハラしたかったのでしょうか? 違います。たぶん酒井政利寺山修司が考案した「私小説路線」を解明したんだと思います。

 

最初のアイドルと言われる南沙織が、ボーイ・ミーツ・ガールからセックスに至るまでをレコードで連載したことに気づいたんですよ。だからそれを歌詞にして酒井さんに届けた。いろんなところでライバル関係があるんですよ。

 

河合奈保子です。女子アイドル的には、80年代は松田聖子で始まったと言われがちですよね。デビューが1980年4月ですから、間違ってはいないんですけど。でも当時は今からイメージするような、飛び抜けた人気でもないわけです。そして河合奈保子が同じ年の6月デビュー。両方とも三浦先生の作詞でデビューしてる。これも凄い話です。

 

 

前にも書きましたが、80年代アイドルは、70年代に既にアイドルという存在が確立されてて、それを演じるというような感覚がありました。代表はもちろん松田聖子です。彼女を説明するときに使われた「ぶりっ子」「うそ泣き」によく表れてますよね。清純さを演じてアイドルのふりをしてると言う感じです。

 

だから振る舞いとしては松田聖子です。じゃあ、そのような状況は歌詞に表れていたか? すぐに思い浮かぶのは、1981年になって登場するこれですね。

 

 

読み捨てられる雑誌のように、私もすぐに飽きられてしまうの?と歌う、松本伊代のデビュー曲『センチメンタル・ジャーニー』です。アイドルが使い捨てにされるとわかった上で、私は今からデビューしますと歌っているのです。

 

私は以前にも、この文章を書いたんですけど、なぜこの歌詞がいきなり登場したのか不思議に思いました。作詞は湯川れい子です。多分、湯川先生は三浦先生をライバル視していたのではないか? そして『大きな森の小さなおうち』を超える、デビュー曲を書こうとしたのではないか。誰か湯川先生に、三浦先生をどう思ってたかインタビューしてほしいな。三浦先生、お疲れ様でした。最後の作品、期待しています。

 

 

 

今週のシングル1位は、King & Prince です。一方、握手会チャートには、宮本佳林、などが登場しています。

 

 

◉11月15付 CD シングルBEST 5。

1位 愛し生きること / MAGIC WORD / King & Prince(35.3万枚)

2位 CRUISIN' / IMP. / IMP.(9.9万枚)

3位 片隅 / THE RAMPAGE from EXILE TRIBE(5.9万枚)

4位 Black Crack / 葛葉(3.0万枚)

5位 ザムザ / キティ / 25時、ナイトコードで。(0.7万枚)