ハノイで5年もふらふらしていたので、もう日本で働くのは無理かと思っていました。でも、きょう6年弱ぶりに働きましたよ。介護の仕事です。28、29日に両親の病院同行で神戸に行き、30日に隣町の病院で面接を受け・・・・このときのことも書いておくか・・・
フリーペーパーに掲載されていた病院に電話をしたんです。そしたら看護部長さんが「じゃあ、履歴書を送ってください」ともの凄く軽い返事をされました。これはいかんと思って「送るだけなんですか?」と聞いたところ今度は「じゃあ、きょう履歴書持って来てください」と言われました。
さっそく、その日の夕方病院まで行きましたよ。どうやら、そのフリーペーパーで結構な数の応募があったみたいです。でも、男はいなかったらしく会ってくれたようでした。看護部長さんは貫禄のある女性でした。どこの病院でもそうですが、看護師のトップの方は修羅場をくぐって来たって感じの容姿をされていますよね?
結局、自分から履歴書を取り下げました。いろいろアドバイスをもらったんです。介護の仕事は病院ではそれほどお金がかけられていない。やはり、医師や看護師にお金は使われる。そりゃそうですよね。なので、ちゃんと施設で働いた方がいいと言ってもらったんです。NHK のドキュメンタリーの話もされていました。私もそれ見ましたけど、介護の仕事は崖っぷちみたいに言われてましたww それ見て少し怖くなってたんですよ。
でも、家に帰ったら、昨年末、ネットで登録していた派遣会社から電話があったんです。そう言えば、1月末には学校が終わってると言ってあったんです。それで 31日にその派遣会社に行き、正式な登録をすることになりました。さらに、そのすぐあと今度は数日前に電話していた隣町の大きな病院系列の介護施設の面接もアポが取れたんです。
なぜ、こんなに急に風向きが変わったのか不思議でした。たぶん、月末だからでしょう。流動性の高い職種なので、月末にどっと募集がでたりするんだと思います。次の日、朝から派遣会社に行き、夕方には施設に行き、面接の場で採用になり、次の日から働く事になりました。もう、考えるよりも、さっさと働きたかったんです。正直、大きな病院の系列のとこも見たかったんですけど、また次の機会でいいかと。
2月1日、朝イチで病院の方の面接は断り、施設に行き、午前中に一通りの仕事の説明を受けました。なんでしょう・・・私は場違いなのか・・・・ 職員の方々の冷ややかな目が気になりました。まあ、しょうがない。仕事覚えるまでは我慢です。でも、きょうは9時5時で働きました。終わったときにはみんな目を見て、お疲れさまでしたと言ってくれましたよ。
たぶん、こいつはすぐ辞めると思われてたんでしょうね。でも、私は母の介護でそれなりに大変さはわかってましたから、ちゃんと続けますよ。これが私のブラジルへの道です。なんとか間に合わせるつもり。いろいろ書きたい事はあります。お金が発生する9時よりも前に行って朝礼で社訓読まないといけないとか・・・・ まあまあ、今は仕事を習ってる段階なのに、それなりのお金が出ていますからね。頑張っていきましょう!