ハノイの日本人

アイドル、ジャニーズ、サッカーなど。

大澤真幸『不可能性の時代』について。

以前、批評再生塾の課題で「1970年に前衛が終わってアイドルが始まる」という文章を書きました。当時その1行に酔ってたんですけど、酔いが冷めてすぐ気がつきました。大澤真幸さんの著書『虚構の時代の果て』や『不可能生の時代』に書かれている「虚構の時代(1970-1995)」のことです。その始まりに「アイドル誕生」が重なっていたんですよ。汗でますよ。であるなら、その次の「不可能性の時代」に対応する音楽は何かについても書かねばなりません。まずそれらの言葉を復習しときますね。


社会学者の見田宗介は、現実を意味づける「反現実」の遷移を示しながら、戦後を3つの時代に区分した。理想と現実、虚構と現実というように現実の反対語としてどのような言葉が使われたかを考えることで時代の変化を示した。すなわち「理想の時代(1945-1960)」「夢の時代(1960-1975)」「虚構の時代(1975-1990)」と(『社会学入門』より)。それを受けて大澤真幸は、真ん中にある「夢の時代」が「理想の時代」と「虚構の時代」に分割可能であり、新たに以下のような区分を示す。「理想の時代(1945-1970)」「虚構の時代(1970-1995)」「不可能性の時代(1995-現在)」。


大澤は現代社会が、2つのベクトルに引き裂かれていると言う。現実への逃避と、極端な虚構化。後者については前の時代の延長としての無菌化された虚構だが、前者については説明する。それまでの時代には、例えば現実でうまく行かない場合、夢や虚構に現実逃避した訳だ。ならば現在、「不可能性の時代」ではどこに逃避するか? 大澤は「現実」へと逃避すると指摘する。オウム・サリン事件(1995年3月)やテロ、またはリストカットなどの自傷。激しく暴力的で、地獄のような「現実」への欲望が、いたるところに噴出している。


では、このような事象が起こる背景とは何か。例えば「格差社会の到来」と言ったときに、その事自体が過酷なのではなく、「救済」や「希望」を見いだすことが不可能であることこそが過酷なのだと指摘する。それが「不可能生の時代」なのだ。



で「不可能生の時代」が始まった1995年と聞いて私が思い浮かべたのは HIPHOP だ。サリン事件から半年後、音楽誌『ミュージック・マガジン』と藤田正が編集長の音楽誌『Bad News』が立て続けに日本語ラップの特集を組んだ。そこでフューチャーされたのは『証言』が話題になっていた雷(KAMINARI)周辺のラッパーたちだった。


HIPHOPの革命は、ミュージシャンと観客の敷居を(完全にではないにしても)取り払った。私がそれらの雑誌の情報をもとに川崎のクラブチッタで行われたHIPHOPのイベントを観にいったとき、最初に登場したブッダブランドのデヴラージは「ここに上がってラップしてみろよ。ラップしてる奴いるんだろ?」とステージ上から煽った。誰も上がってこないのを確認すると「じゃあ、始めるぜ」と言い、同時に DJ がビートを刻み始めた。またライムスター宇多丸は、前述した雑誌の特集で彼らが取り上げられなかったことに怒りを表明。『耳ヲ貸スベキ』で歌詞を変えて音楽評論家の萩原健太と藤田正をディスった。


その前年、1994年には小沢健二スチャダラパーによる『今夜はブギーバック』が大ヒット。バブル崩壊後、頭(自意識)から身体(性愛)へとミュージシャンにも意識の変化があった。小沢健二がいたグループ、フリッパーズギターの最後のアルバムは『ヘッド博士の世界塔』(1991年)だし、スチャダラパーが同年に出したアルバムは『タワーリングナンセンス』だ。ともに自我の肥大を揶揄する内容となっている。同じ年、1991年にデビューしたのが、性愛をテーマに歌う CHARA だ。当時ブラック・ミュージックが一般化していない日本において、彼女のソウルフルな歌唱は一部で注目された。身体の音楽であるブラック・ミュージックの存在感が増して行く。





当時 HIPHOP用語の「リアル」について考えていた。「Keep it real」のリアルだ。過酷な現実など存在しないと言われていた日本でもその言葉は使われていたが、当時の私の解釈は「生きてる実感」というものだった。ラッパーたちにはそれがあるようだ。どうしたらそれが得られるのか? 宮台真司の『終わりなき日常を生きろ』という言葉にはカチンと来た。いや、後でその本を読んで感銘を受けるのだけど。


1995年には ECD のアルバム『ホームシック』も出てる。そこに収録された『MASS 対 CORE』には、YOU THE ROCK と TWIGY がゲスト参加。このアルバムの印税を LAMP EYE に貸すことで『証言』のアナログ盤が出たと言っていた。『MASS 対 CORE』に「アンチ J-RAP ここに宣言」という有名な言葉がある。のちに出るライブ盤には、その代表とも言えるラッパー mc A.T が名指しでディスられている。だが、mc A.T が所属していたレコード会社はエイベックスで、ECD の所属していたのもエイベックス内のカッティング・エッジ(以下CEDGE と略す)というレーベルだった。これを許可したのはディレクター本根誠の英断だろう。ECD は mc A.T について多分いい人だろうから会いたくないとインタビューで答えていた。


1996年に開催された伝説のイベント「さんぴんCAMP」も CEDGE が後援。「さんぴんCAMP」のトリは CEDGE 所属のブッダブランドだった。彼らの『人間発電所』はコアな HIPHOP好きの外にも届くヒットだった。どういう経緯があったかはわからないが、当時 No.1 ラッパーとして出演者の多くから認められていた TWIGY は会場に来なかった。とはいえ、このイベントとその次の週に同じく日比谷野音で行われた「大LB夏祭り」(スチャダラパーなど)は、日本でもラップが主流になって行くという期待感が膨らむシンボリックなイベントだった。






文化系のためのヒップホップ入門 (いりぐちアルテス002)

文化系のためのヒップホップ入門 (いりぐちアルテス002)


『文科系のためのヒップホップ入門』にも書かれているが、HIPHOP という文化はコンペディション、競争というゲーム要素が重視されているジャンルなのだ。ECD の「アンチ J-RAP ここに宣言」も、小沢健二スチャダラパーと組んで『今夜はブギーバック』を出したのも、感覚的にそのことをわかっていたからだろう。「終わりなき日常」「不可能性の時代」の中で暮らすマナー。アイロニカルな没入になっては困るので、それなりにクールでいることが要求される。


もう一つ、同じくコンペ重視のジャンルがある。もちろんアイドルのことだ。SPEED、モーニング娘。に始まるサヴァイブ系アイドルの系譜についても書かないといけないところだが、今回はここまで。こちらは東浩紀「動物の時代」で語るのがいいように思う。