昨年アンジュルムを卒業した和田彩花さんのライブツアーが始まったそうです。そのアンコールが意識高そうだが謎とネット上で話題になっていました。ステージ上に意味ありげに置かれたコーヒー、和田さんが登場してミルクを注いで退場。「本日の公演はすべて終了しました」のアナウンス。なるほど。
ちょっと知っている知識だけでこの表現について書いてみます。現代アートの作家オノ・ヨーコさんの代表作の一つに「Yoko Ono's White Chess Set」(1966年)があります。私はこれをウィーンの美術館で偶然観ました。白と白が争うチェス。これでは勝負になりませんよね。争いのない世界、ベトナム戦争の時代に発表された作品です。しかし、それだけではありません。オノさんはニューヨークに住まれていました。白人が圧倒的な力を持つ世界とも読み取れる。ブラックもイエローも存在しない世界です。
なので和田彩花さんの表現も、白と黒が混ざり合う世界。争いのない世界を表現しているのかもしれません。最近、ハロプロ界隈では「争うことなかれ」とよく言われるんです。例えば、今年はじめに出た『ダ・ヴィンチ』のハロプロ特集号に、作詞家の児玉雨子さんと作家の松浦理英子さんの対談がありました。少し抜粋します。
児玉:私は歌詞を書くとき、決めていることがありまして。それはマジョリティ、換言すれば他者を否定しないということなんです。ハロプロも十分人気ですが、より大きなステージに立っている歌手やグループ、その歌を“悪”とみなさない、否定しないということです。(中略)自己を肯定してゆくことは、他者を否定してゆくことではない、だから誰かを叩きのめそうなんてことはしなくていいんだと。
松浦:ただ、マジョリティがマイノリティを権威で抑圧しようとしたら、マイノリティの側に立って戦うという気持ちではいますね。
松浦先生かっこいいですね。圧倒的なパワーで抑圧する存在があるのに、戦うなって言うのは犠牲になれってことですからね。しかし、和田さんの表現にも隠された意味があることを私は知っています。アイドル界にはあの曲があるからです。
ともさかりえ『カプチーノ』です。作詞・作曲:椎名林檎。どうですか? 冒頭から「♪ あと少し あたしの成長を待って あなたを夢中にさせたくて 藻掻くあたしを 可愛いがってね」と歌ってますね。この解釈は怒られるだろうか? でもイーブンな関係になりたいという歌ですから、案外正解かもよ。
このイーブンな関係についても少し書いておきます。和田さんもよく言ってますが、ファンとアイドルの関係についてです。昨日、ゲンロンカフェの山本直樹出演回を観ていました。ここで東浩紀さんが、山本さんのエロマンガはフェミニストからも攻撃されないことについて触れ、その理由は山本さんのマンガに登場する女性が主体性を持っているからだと語ります。少し主体性にまつわる発言を文字化しておきます。
東浩紀:女性を、もしくは、女性文化を高く評価するということと、女性の主体性を認めるということは、全く違うことじゃない? 日本においては、その二つは常にごっちゃにされがちで、例えばアイドルが好きだってことと、女性の主体性を評価するってことは全く別じゃない? それをわかってない人たちは未だにいっぱいいるわけだよね。
アイドルファンは「かわいい」の中に女性を閉じ込めてると語られがちですよね。アイドルが自分勝手に振舞うことを特別視するのもその裏返しだし。そう言えば、アイドルファンの主体の問題については、あるところで衝撃的な文章を読みました。ブシロード執行役員・中山淳雄著『オタク経済圏創世記』に、アイドルファン自身に消費者としての主体はないということが書かれていたんです。顔見知りのアイドルが楽しんでくれる、自分の好きなファンで会場がいっぱいになることをアイドルが喜んでくれる。それを見るのを楽しみに行く。確かに、そういう感覚はありますよね。推しが喜んでくれるからみたいに。私としてはそういう感覚は・・・少ししかない。
ここで大事なことは、つまり、こういうことですよね? 現在のエンタメの価値の中心は、主体を他人に預けること。それに気づいて衝撃を受けたんです。「お前の夢のために大金を注ぎ込んだのに、なんで勝手に恋愛するんだ!」みたいな人はそうですよね。和田さんはそれを嫌がってるんでしょ? そこをイーブンにしたい。それは理解できますよね。ただし、和田さんがハロプロ時代を否定するのはどうかと思います。和田さんは昔からそういうことに意識的だったわけではないですよね? ハロプロのシステムの中で、優秀な先生たちに歌を習い、ダンスを習い、いい楽曲をもらって、ファンを増やして、自信もつけて、いろんなことを考えるようになった。そのシステムの中で後輩たちが育ってくる。だから、それを壊すのはやめて欲しいんです。いいとこ取りはできない。そのことは少し考えて欲しいです。