ハノイの日本人

アイドル、ジャニーズ、サッカーなど。

高木紗友希イベント、オアシスの映画。

 

 

高知に戻ってきています。昼間は26℃とかあるんですよね。まだ Tシャツで大丈夫。今回の東京は、いろいろ応募してたんです。結局、行けたのは高木紗友希さんのバースデーイベントのアンコール公演のみ。コットンクラブでのライブ。いつもは芸人の司会を入れてトークコーナーもあるんですが、高木さんは歌を中心にして聴かせてくれました。うれしかったです。どの曲もよかったですが、やはり派手な『Give Me 愛(ラブ)』『ガタメキラ』がよかった。ひとりで歌うの大変ですよね。

 

高木さんは、歌うまいとみんな褒めてくれるけど、まだまだなんだとしきりに言われてました。本人的には課題がいろいろあるんでしょう。もちろん、メンバー8人で歌うJuice=Juiceの歌唱と、ソロでひとり歌う歌唱ではずいぶん違いもあります。でも私が強く言いたいのは、小田さくらさんもそうですが、二人の声質のよさなんです。だから肩の力を抜いて、気持ちよく歌って欲しいです。早く通常のライブが出来るようになればいいですね。て言うか、そう考えるファンを慰めてくれた気がします。ありがとう。

 

 

 

Amazonプライムにオアシスのドキュメンタリー映画があったので観ました。売れてからは3年しか活動してないんですね。いや、活動は続いていたけど、バンド的には死んでたって話なのか。1996年のネブワースでのライブ、2日間で25万人を動員したそれがバンドのピークだったと示されています。なるほど。まあクリエイション・レーベルの倒産とかもあったしね。私自身も3枚目のアルバムはほとんど記憶にない。

 

 

1994年4月に最初のヒット曲『Supersonic』(UK 31位)、8月『Live Forever』(UK 10位)、9月アルバム『Definitely Maybe』がUK 1位。その後、早くも来日して東名阪クアトロツアー。この頃、10月にイギリスでオアシスを観るチャンスがあったんです。私はイギリス国内をライブ観ながらぶらついてました。携帯のCDプレイヤーを持ってたので、このアルバムも買って聴いてました。

 

ケンブリッジプライマル・スクリームのライブがあって、そこで知り合った尼崎の女子たちに、週末はオアシスに行くつもりだと言ったら、チケット取れるわけないよと言われたんです。1位になった頃ですもんね。でもこの映画を観たら、そこまで人気は加熱してなかったっぽい。日本での様子が映されてるんですけど新幹線のホームで「これが追っかけという奴か」みたいなことを話してるんです。普通にパブで飲んだくれたりもしてる。当時はまだ日本だけ人気が加熱してたんです。もちろん人気はあったわけですが。ライブ会場も大きくなかった。チャレンジすべきだったな。たしかそのときはジャミロクアイを観に行った。最後に、ノエルが映画で語ってた言葉を記録しておきます。イギリスでも今は口の悪い人は行きづらいのかな?


 

デジタル以前でリアリティTV以前の時代

物事の意味が深かった

オアシスをやるのはもちろん 生きてるだけで楽しかった

セレブをもてはやす文化が生まれる頃だ

いつも思う ネブワースはインターネット誕生前

最後の素晴らしい集まりだったと

いま ああいうのがないのは偶然じゃない