ハノイの日本人

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大瀧詠一『LET'S ONDO AGAIN』の解説。

 

 

大瀧詠一のアルバム『LET'S ONDO AGAIN』(1978年)について、前にも少し書いたのですが、もう少し整理してまとめておきます。正式には NIAGARA FALLIN' STARS 名義で発売されました。大瀧さんはプロデューサーとなっています。この作品の存在自体は知ってましたが、聴いたのは結構遅いです。ベトナムから帰ってきてから、2014年とかかな。大阪・日本橋の商店街にあるレンタル屋さんで借りました。そのあと、ちゃんと買いましたよ。これをダサいと言う人がいるのは無理ないのですが、私はすごい作品だと思ったんです。

 

宮台真司さんたちの『サブカルチャー神話解体』にも登場してましたよね。80年代に天下を取る、お笑いの時代の先駆的な作品として評価されているんじゃないでしょうか。『およげ!たいやきくん』や、ピンクレディー、エルヴィスの替え歌も収録されています。正直、狂ってるんですよ。これが全く売れなかったことで、あとがなくなった大瀧さんは松本隆さんに声をかけて一緒にアルバム『A LONG VACATION』を制作したのかもしれません。その作品は売れに売れてミリオンセラーになっています。

 

 

どうですか? 本当に狂ってるでしょ。当時のピンクレディーは国民的大スターです。売れないナイアガラ・レーベルの総帥は、人気アイドルに便乗したと思われたかもしれないのです。ありえないセンスです。いまだったら・・・桑田佳祐が売れなくなって、BTS の替え歌を歌うとか。絶対にやらないでしょ。そうでもないのか? 桑田さんもお笑い好きですからね。でもやらないでしょう。SMAPは少女時代の替え歌やったよね。コントだけど。

 

ではなぜ大瀧さんはアルバム『LET'S ONDO AGAIN』をつくったのか? これは時代と関係があります。70年代後半と言えば、ダンスミュージックのブームです。ディスコの時代ですよね。YMO もディスコに触発されて結成されています。でもたぶん、大瀧さんはディスコは好きじゃなかったかも。しかし、もう一つのダンスブームには大いに刺激を受けたのです。それがピンクレディーです。ピンクレディー1976年のヒット曲『S・O・S』の替え歌で、『河原の石川五右衛門』を収録しています。かなりヤバい代物ですね。めちゃくちゃです。さっき聴いてもらった曲です。

 


 

「ONDO(音頭)」とは、盆踊りで流れるダンスミュージックです。大瀧さんはそれを土着のリズムの音楽として認識したのでしょう。その発見を披露したかったのかもしれません。有名なものには『東京音頭』があります。これは 1933年に発売された国民的大ヒット曲です。全国の盆踊り大会でも使用されました。音頭のリズムは日本において、何度も一世を風靡したのです。

 

盆踊りの起源は室町時代空也上人による踊念仏がその源流と言われ、それが念仏踊りとなって広まります。さらに鎌倉時代には、一遍上人によって全国に広まり、庶民を巻き込んだ熱狂的なブームとなっています。そして、時代ごとに新たな趣向が加わり、夏の風物詩、盆踊りとして定着したそうです。

 

そう、日本で続いてきた盆踊りに代わる、新たなダンスミュージックのムーブメントとして、大瀧さんは「歌って踊るアイドル」ピンクレディーをその歴史の中に位置づけて見せたのです。だから「LET'S ONDO AGAIN』です。『ナイアガラ音頭』再びという意味だけではないのです。現在、数々のアイドルフェスも夏の風物詩になっています。


 

ピンクレディーは偉大なんですよ。もう一つ、大瀧さんが喜んだことがあります。ピンクレディーは変身するのです。振り付けで UFO になってみせたり、野球のピッチャーになってホームランバッターと対決したり、いろんな登場人物と恋して見せたりするのでした。変身する探偵、多羅尾伴内が大好きな大瀧さんを喜ばせ、変身モノの最初の人物である盗賊・石川五右衛門を登場させたのでしょう。ピンクレディーは「変身型」のアイドルとして、きゃりーぱみゅぱみゅももいろクローバーZでんぱ組.inc など、現在のアイドルにも大きな影響を与えています。

 

まあね、あまりにも売れないから、やけになって売れてるもの全てをぶち込んだアルバムをつくったようにも見えます。半分はそうなのかもしれません。振り切るって大事ですね。このアルバムの存在感は間違いなく、他の大瀧作品に劣りませんよ。私はそう思います。