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特集2. 映画『花束みたいな恋をした』。2

 

 

 

第2章 『大豆田とわ子と三人の元夫』が描くもの

 2021年最大の話題作、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』は不思議な余韻を残すドラマだった。脚本家·坂元裕二の名は、この作品でドラマファン以外にも知れ渡った。それは個性的なキャラクターが活躍するコメディーだが、その登場人物の謎は謎のままだった。

 

松田龍平が演じる田中八作は、なぜ困るほどモテるのか?

 

角田晃広が演じる佐藤鹿太郎はなぜ器が小さいのか?

 

オダギリジョー演じる小鳥遊が、松たか子演じる大豆田とわ子に対して、仕事とプライベートで極端に態度が違う理由は何か?

 

 

 実はこれ、単なるキャラの問題ではない。明確な理由があった。以下で説明するが、その前に書いておくべきことがある。ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』は全10話で放送された。しかし、内容的には1~9話までと、最終回に別れていたのだ。

 

 とわ子は9話で結論を出した。「あなたを選んで、一人で生きることにした」と。ドラマの視聴者は、とわ子の「最後の恋」の相手が誰になるかに注目して観ていたはず。ならば、ここでドラマは終わりを迎えたはずだ。では一見蛇足にも見える最終回では何が描かれたか? 最終回は『シン·大豆田とわ子』だった。何を言っているかわかるだろうか? 大豆田とわ子と父親の対決が描かれたことを言っているのだ。

 

 

テレビ版『シン·大豆田とわ子』。

 庵野秀明総監督『シン·エヴァンゲリオン劇場版』(2021年、カラー)はこれまでテレビ版、旧劇場版で描かれたこと全てを包括し、ハッピーエンドまで描かれた。山場はシンジと父であるゲンドウの対決だった。エヴァパイロットとしてしか息子に関心を持たないゲンドウに、成長したシンジが対峙する。

 

 大豆田とわ子も、かつて自分と母を置いて家を出た父·旺介にそのことを問いただす。そこで父は妻を愛していたこと、それでも家を出た理由を話す。そして、とわ子が外れた網戸を直せないのも、自転車に乗れないのも親子関係に起因していたことが明かされた。一人で生きると一度は結論した彼女は、父との対話によってもう一度家族をやり直そうと考える最終回だった。自転車のエピソードは、特集1に登場した細田守監督『未来のミライ』と関係している。

 

 

 ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年、関西テレビ

 プロデューサー:佐野亜祐美

 出演:松たか子松田龍平角田晃広岡田将生、他

 

 

 ではドラマの本編、1~9話までは何が描かれたか? もちろん、とわ子と三人の元夫との関係が描かれた。誰かともう一度家族になれるのか? それは視聴者が観た通りだが、坂元裕二の脚本には、もう1つ別のストーリーがある。人気テレビ番組の変遷が描かれていた。以下のリストをご覧頂こう。

 

 

主要人物

大豆田とわ子(松たか子):テレビ(広告代理店、テレビ局、視聴者)

田中八作(松田龍平):国民的スター

佐藤鹿太郎(角田晃広):お笑い芸人

中村慎森(岡田将生):教養バラエティに出演するような先生

綿来かごめ(市川実日子):クリエイティブを象徴

大豆田唄(豊嶋花):テレビを観ない世代

小鳥遊大史(オダギリジョー):IT を象徴

 

 

夢はもう覚めた。

 リストを観た上で、もう一度『大豆田とわ子と三人の元夫』を観て欲しい。まったく違うドラマが現れるはずだ。例えば、とわ子が街を歩いてるだけで悪く言われるシーンがある。パンを食べながら歩いていると、すれ違う他人から「何あれ?」みたいに笑われた。とわ子は「これが一番美味しい食べ方なんだよ」と心でつぶやいた。芸能人がネット上で食べ方が汚いなどとネット上で書き込まれる現象を表しているのだろう。テレビ局が「マスゴミ」などとボロクソに言われる時代を表している。

 

 一方、田中八作はどうか? テレビの黎明期から70年代くらいまでは、国民的スターの時代。テレビに出ているタレントはスターとして認識されていた。スターはモテてモテて困ったのだ。しかし、田中八作がそうであったように、他に好きな対象があった。映画の方が好きだったのだ。テレビは下に見られていた時代のことだ。最後の国民的スターとも言われる、SMAP木村拓哉を思わせるエピソードもあった。松たか子とは何度も共演している(*1)。

 

 次に、佐藤鹿太郎は80年代に始まるお笑いの時代を象徴する。東京03という人気コントグループのメンバー角田晃広が選ばれた理由だ。80年代と言えば、フジテレビのキャッチフレーズ「たのしくなければテレビじゃない」もあった。鹿太郎がカメラマンになったのは、お笑い芸人がカメラを持つ、映画監督になったことを表現している。女優にモテたのは明石家さんまに代表されるように、女優との結婚やドラマ出演を表している。そして「器が小さい」は気になる言葉だった。恐らく「ツッコミ」をそのように表現しているのだろう。

 

 3人目、中村慎森は弁護士だった。これは教養バラエティ番組が増えた時代を象徴している。例えば『行列のできる法律相談所』。弁護士が人気タレントになる時代だ。またコンプライアンスという言葉によって、面白いテレビ番組の制作が困難になる時代も表しているだろう。このような感じで、大豆田とわ子が結婚した相手によって、人気テレビ番組の変遷が描かれているのだ。

 

 では、4人目の候補、オダギリジョー演じる小鳥遊はどうか? この章の最初にも書いたが、公私の区別が極端だった。休日にとわ子と話すときは、温和で優しい彼が彼女の思いを理解した。しかし、それが会社になると一変し、「大豆田さん、あなたは退任すべきだ!」と激しく迫るのだ。爆笑した。明らかにサイコパスだ。しかし、とわ子は小鳥遊に惹かれていく。一時は辞表をだして、海外で小鳥遊と暮らすことも考える。だが結局、とわ子は小鳥遊を選ばない。二人は笑顔で別れた。「ほしい物は自分で手に入れたい」、自分で幸せを掴みたいと彼女は結論したのだ。これは少しわかりにくいシーンだが、さて、小鳥遊は何を象徴しているのか?

 

 小鳥遊は ITに関連している。恋愛がまったく理解できず、AI のように一つ一つ教え込まないといけない。一番重要なのはサブスクだ。とわ子はテレビを象徴する人物なので、そこに取り込まれてはいけないのだ。このドラマが放送されたフジテレビは、独自のプラットホームFOD を作り防戦している。

 

 新型コロナで家に籠る時間が多くなった。日本でもNETFLIXAmazonプライムなどを契約し、好きなときに好きなだけ映画やドラマを楽しむスタイルが普及した。小鳥遊が好きな数学はアルゴリズムのことだろう。視聴者の好みに合わせてドラマを提示してくれる。プライベートで使うのは非常に便利でありがたい。しかし、それと競合するテレビ局は瀕死の状態だ。サブスクには小鳥遊が示すような二面性がある。

 

 なので、とわ子が第9話で出した結論「あなたを選んで、一人で生きることにした」も、以下のような解釈になる。誰もが無料で観れるテレビを守ることで、これからも国民的スターを生み出したい。

 

 

 

 最後に音楽好きな私としては、主題歌についても触れなければならない。STUTSを中心に制作され、松たか子が歌った『Presence』だ。KID FRESINOなど、人気ラッパーも次々に登場し話題になった。

 

あの日のあなたは輝いて見えた 夢はもう醒めた

 

松たか子が歌ったこの歌詞(作詞はbutaji )ほど2021年を表す1行もない。テレビに対する憧れだけではない。オリンピックや経済成長、日本が戦後に観てきた夢はもう終わったのだと国民の誰もが気づいた2021年だった。『大豆田とわ子と三人の元夫』はこの年を代表するドラマとなった。(つづく)

 

*1:私が最初に2つのストーリーを描くドラマに気づいたのは、木村拓哉主演ドラマを集中的に観たときだった。例えば、2008年に「月9」枠で放送されたドラマ『CHANGE』では、SMAPと嵐のトップ交代が描かれた。木村が演じたのは史上最年少で総理大臣になった男だが、政界の実力者によってスキャンダルを仕掛けられ、その座から追い落とされた。木村のドラマについては自著『SMAP 王の物語』に書いた。