ハノイの日本人

アイドル、ジャニーズ、サッカーなど。

2006年 ドイツ ワールドカップ。中編

2006年はラジオ局で働いていました。株番組の制作をしていたので、休む場合は誰かに代わってもらわなければなりません。もちろん、みんな交代で夏休みを取るんですけど、3週間はやはり長いですよねー? 申し訳なかったです。一応ね、日本代表がグループリーグを突破すると考えてたんですよ。いや、初戦のオーストラリア戦は怖いと思っていましたよ。1998年には ヒディング監督率いる オランダ が5−0で韓国を蹴散らしています。2002年は韓国のベスト4ですし。日本が弱点を突かれてボロ負けすることもあると思ってました。でも、5月30日に行われた ドイツ戦で 2−2 と善戦したのを観て「いける!」と思ってしまったんです。ああ…



初戦がすべてだと思って、最初から行きました。このときはラジオの出演者の方と一緒にドイツに来ました。6月11日の早朝にフランクフルトに入り、ホテルを決めてから ニュルンベルグ に向かいました。まずは メキシコ VS イラン を観に行ったのです。ところがチケットが高過ぎて買えませんでした。8万円くらいだったかな? 凄いでしょ? 実は メキシコ はたくさんサポーターが来ることで有名な国なんです。そして、イラン人はたくさん ドイツ に住んでいます。それだけじゃなく、ドイツリーグでプレイする有名選手もたくさんいます。マハダビキア、カリミなどです。ですから、安くチケットが買えると思ってた方が甘かったのです。


試合は観れませんでしたが、この片道2時間ほどの旅は楽しめました。行きの列車にメキシコのサポーターが乗り込んでいて、いわゆるフットボールトレインというヤツだったんです。そこいらじゅうで「メヒコ!メヒコ!ラ!ラ!ラ!」と叫んでいました。それだけだったらよかったのですが、私たちがいた6席の客室にいた メキシコ人が イングランド・サポーター を招きいれたんです。こいつはヤバかった。前日に パラグアイ に勝利していた イングランド は次の試合会場が ニュルンベルグ だったんです。この身長2メートルほどの男もそれにあわせて移動するのでしょう。頬に大きなナイフの傷のようなものが刻まれていました。目には感情がありません。こいつ、人を殺した経験があるなと感じました。そんなことは初めてです。こちらをいぶかしげに見てきます。呼び込んだメキシコ人がビールを渡して取りなしていました。10分もいなかったと思うんですけど、めちゃめちゃ嫌な時間でした。もちろん、一言も話さずにじっとしていました。こわかったよー。あんなヤツらが暴れてるんだね? 


次の日は、日本の初戦でした。こちらは フランクフルト から2時間ほどの街 カイザースラウテルン で行われました。もちろん、朝から列車に乗り込み出発します。そうだ、そのとき 私が AD をしていた生放送の番組に、携帯を使って現地レポートを届けたんですよ。番組初出演でしたw 「フランクフルトの駅には、続々と日本代表を応援しに駆け付けたサポーターが集結しています」って感じでした。指定席は取れず立っての移動でしたが、周りはみんなサッカー好きです。思えばこの旅で一番楽しい時間だったかもしれません。みんな勝利を願って熱く語っていました。私はチケットを知り合いに譲ってもらい持っていたのですが、同行者はまだ持っていませんでした。ところが、現地に着いた途端にチケットが手に入ったのです。どうやら、前の2大会でチケットの転売に味をしめたヤツらが、たくさんチケットを買っていたみたいです。ですが、チケットを持たずに来る人が少なかったようで、チケットがだぶついていたのです。私はもう少し待てば定価で買えると思いましたが、同行者の不安な気持ちもわかるので黙っていました。倍程で買われていたと思います。


現地では知り合いにたくさん会いました。みんなテンションが上がってて、日本で会うよりも数倍うれしい気分になりました。あと偶然、代表バスの入り待ちもしました。ぶらぶら街を歩いていたら、代表のバスが入るときに見せる「応援フラッグ」を作ってるから、ここに予想得点を書いてくれと言われたんです。「1−0日本勝利!」と書いたところ、その人は「ずいぶん謙虚なんですね?」と言いましたw たしかに、みなさん派手な勝利を願っておられます。2−0、3−0あたり前って感じでした。「いえいえ、初戦ですから、まずは負けないことですよ」と大人の余裕を見せておきましたw これからなにが起こるかも知らずにね!(つづく)