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海外ドラマ『スーツ』は何を描いているのか?

 

 

アメリカ・ドラマ『スーツ』を観ています。シーズン9まであるのに繰り返し観てしまうのです。なぜこんなに面白いのか? ドラマ『スーツ』を分析してみました。

 

 


 

ドラマ『スーツ』には、ざっと考えただけで5つのテーマが存在します。観てない人のために、簡単にあらすじを紹介しておきます。主人公のハーヴィーは弁護士で、弁護士事務所や法廷を舞台に彼が活躍するドラマとなっています。ある日、多忙を極めるハーヴィーは、自分のサポートをする有能な若手弁護士を雇うため、面接を行うのです。そこに現れたのが一度読んだ文章をすべて覚える天才、マイクでした。分厚い法律書も一言一句間違わずに覚える彼にハーヴィーも驚きます。でも、彼には大きな問題がありました。マイクは弁護士資格を持っていなかったのです。それでもハーヴィーは彼を採用します。当然ですがそれは犯罪で、バレればハーヴィーも逮捕されるのです。

 

無資格弁護士マイクの綱渡りが、シーズン5までドラマを引っ張ります。ドラマの概要はこれで理解してもらえたことでしょう。しかし、ここまでで説明できたのは5つのテーマのうちまだ2つです。テーマを簡単にリスト化しました。

 

 

 

1.  よくある業界物としての法廷ドラマ

     アメリカ経済の中心都市 NYの最強企業弁護士

         ハーヴィーの活躍

➡️裁判での相手弁護士や、検察とのバトル、もしくは、依頼人との関係

 

2.  無資格弁護士マイクの綱渡り

➡️シリーズ前半を引っ張る物語

  秘密を隠すために周囲の人物をその犯罪に巻き込んで行く

 

3.  疑似家族としての法律事務所

  強い母ジェシカ、強い父ロバート・ゼイン

➡️ライバル事務所との抗争

  NYという激戦区で法律事務所というホームを維持する

 

4.  プライベートでの恋愛、家族形成

➡️事務所で働くメンバーそれぞれの家族関係

  もしくは、新しい家族を築く

 

 

5つ目は最後に書きます。1つ目で書いたように、最強の企業弁護士ハーヴィーは完全にセレブとして描かれています。仕事が終わればスポーツカーに乗り、モデルや女優など美女を迎えに行く。弁護士になってからは好き放題に生きてきた彼の、唯一の弱点がマイクの問題でした。バレたときには、無資格と知りながらマイクを雇った彼だけでなく、事務所のトップであるジェシカも弁護士資格を失い、逮捕される可能性があります。

 

日本のドラマであれば、1と2だけで十分に成立するはず。しかし、ハーヴィーとマイクだけでなく、他の登場人物にも存在感があり、主人公2人と対等の関係を築くべく会話が繰り返されるのです。相手と向き合うとはどういうことなのか? 裁判でもないのに厳しく相手を追求、とことん自分をさらけ出し、とことん話し合う。対話の激しさはこのドラマの魅力となっていますが、しかし、なぜそこまでするのでしょう? その理由は、まだ書いていない5番目のテーマと関係します。

 

 

3番目、疑似家族物としてのドラマ。法律事務所のトップのジェシカは、事務所に来た郵便物の仕分け係だったハーヴィーを援助し、ロースクールを卒業させ、事務所のエースに育てあげた人物です。彼女は黒人で、ときに傲慢なハーヴィーを押さえ込める唯一の人物でもあります。NYでは、ライバル事務所からの弁護士引き抜きや、顧客の流出を防ぐため、日々攻防が行われています。ジェシカは部下である弁護士たちに厳しく指導しながらも、人間関係を密にしなければなりません。ある種の疑似家族として事務所が描かれるのです。「私の家」という言葉も実際に使われていました。

 

法律の抜け道を見つけだし、負けが確実な案件でも勝ってみせるのが優秀な弁護士です。一方で、法律を破る人間を忌み嫌うのも弁護士なのです。ジェシカはマイクを雇ったハーヴィーに激怒します。またマイクが好きになった事務所のパラリーガル、レイチェルも付き合いだしてからその秘密を知り、激怒するのです。彼女の父親は有名弁護士事務所のトップです。ただでさえかわいいひとり娘を心配しているのに、その相手が犯罪者だと知ったらどうなるか? マイクの秘密は周囲を巻き込んで行きます。取り返しのつかない過ちを犯した彼は、この世界で生き延びることができるのか?

 

 

5.  ハーヴィーの成長物語

➡️マイクの問題が片付いて、いよいよハーヴィーの問題に焦点が当たる

 

 

シーズン7でマイクの物語は完結します。詳しくは書きませんが、マイクとレイチェルは結婚して事務所を辞めるのです。しかも、入れ替わるようにレイチェルの父、ロバートが事務所に入ります。いよいよハーヴィーが強い父になれるかが問われる時がきたのです。彼は事務所のトップになれるのか? ドラマ『スーツ』の本当のテーマが浮上してきます。主人公ハーヴィーの成長物語です。彼は弁護士としては最強ですが、それだけでは幸せになれないと気づき始めるのです。

 

ハーヴィーは、マイクをはじめ主要メンバーがそれぞれ自分の家庭を持ち、ホームである事務所から離れて行くことに寂しさを覚えます。自分と母親との関係。弟家族との関係。そして、自分をずっと支え続けてくれる秘書ドナとの関係。自分の人生を問い直すのです。そして、大事な人たちと向き合うために、自らの問題を克服しようとします。

 

 

 

 

ドラマ『スーツ』制作の時代背景

 

2008年9月 リーマン・ショック

       投資銀行リーマン・ブラザース破綻、負債総額6130億ドル

       アメリカで金融危機起こり、世界中に波及

2008年9月 全米大手保険会社 AIGサブプライム関連の負債で経営危機に

       米政府が AIG株式の79.9%を取得、実質の国有化

2008年10月 米政府、金融経済安定化法の可決により不良債権7000億ドルを買取

2008年10月 アメリカ、欧州での公的資金注入が6000億ドルを超えたとロイター発表

2008年11月 シティバンク、前月の公的資金注入250億ドルに加え、追加でFRBから

      200億ドルの資金注入を受ける。不良債権3600億ドルの政府保証も発表

2009年4月 米自動車大手クライスラー破綻

2009年7月 米自動車大手GM破綻

2010年12月 ジャスミン革命からアラブの春

2011年6月 ドラマ『スーツ』放送開始

2011年9月 オキュパイ・ウォールストリート

 

 

この文章を書く上で、ドラマが制作された時期の時代背景が気になりました。直接は描かれていませんが、アメリカ発の世界的な金融危機がストーリーと関係しているのではないか? 簡単な年表を用意しました。2006年あたりからアメリカの住宅バブルが崩壊し、それに伴いサブプライム・ローンなどの債権を組み込んだ粗悪な金融商品が連鎖的に暴落、それが引き金となって金融危機が起きています。日本でも知られた投資銀行リーマン・ブラザースが破綻。リーマン・ショックが起き、世界中がその影響を受けました。

 

 

ドラマ『スーツ』がスタートしたのは 2011年でした。その頃には金融危機も収まり、シティバンクなどは業績を回復しています。しかし、そのことで米国民は疑問を持ち始めます。自分たちは苦しいままなのに、なぜ我々に大打撃を与えた金融機関がその責任を問われず、また再び巨額の報酬を得ているのか? ドラマ開始から3ヶ月後にはオキュパイ・ウォールストリートが起こります。上位1%の富裕層が米所得の4分の1を稼ぐ現状に対して、金融機関が集まる街で「我々は99%だ」と声を上げに集まったのです。

 

 

最初からアメリカの現状を問い直すことがドラマのテーマにあったかはわかりません。しかし、そのことはドラマにも大きく影響を与えたのです。行き過ぎた資本主義がアメリカ文化崩壊の危機を招きました。異国に渡り住み、その地でマイホームを持つ。マイホームはアメリカの夢でもあったのです。ドラマでは「家族」の問題がテーマとなって行きます。主要キャストには、それぞれ乗り越えるべき問題がありました。ハーヴィーには、少年時代にあった母親の浮気と両親の離婚。それが彼の人間関係を築くのに障害となっていました。ジェシカには、仕事優先のあまり妻に出て行かれた父との関係。感情に流されて失敗を繰り返すルイスは、学生時代にいじめに遭っていました。ハーヴィーの片腕とも言うべき秘書のドナは、父親が事業に失敗し、ピアニストになる夢を諦めていました。皆問題を抱えており、仕事での成功と失敗を繰り返す中で、問題を克服し、成長して行ったのです。視聴者にとってそれは、アメリカ再生への願いを映していたのかもしれません。

 

 

自分の問題と向き合う、そこに行き着くまでの過程として、このドラマでのコミュニケーションの激しさはあったのです。シーズン9までだれることなくドラマは続きます。5つのテーマと書きましたが、それぞれは強く関係しており、それがこのドラマの面白さとなっています。機会があったら観てください。